【怖い】フリーランスという働き方に対する恐怖はきっと消えない【7年目の本音】

2019.11.11 フリーランス
【怖い】フリーランスという働き方に対する恐怖はきっと消えない【7年目の本音】

今年でフリーランス7年目ですが、今でもフリーランスという働き方を怖いと感じることがあります。

そしておそらくこの恐怖は、フリーランスでいる限り消えないものだろうと思っています。

今回はちょっと後ろ向きなテーマですが、フリーランスという働き方の怖さと、僕なりの対処法について共有させてもらいます。

月収200万円でも、将来に対する不安は消えなかった

フリーランスという働き方は、基本的にやればやるほど稼げます。

僕もひたすら頑張っていたフリーランス3年目くらいのとき、月収200万円以上がしばらく続いたことがありました。

フリーランスになって最初の月収がたしか7万円くらいだったので、そこから考えれば自分でも「頑張ったな」と思います。

ところが月収がいくら増えたところで、将来に対する不安みたいなものは一向に消えることはありませんでした。

なぜなら、その「月収200万」て言ってみれば瞬間風速のようなもので、今はうまく動いている歯車がちょっとでも噛み合わなくなれば、途端に崩れてしまう危ういものだという自覚があったからなんですね。

たぶんフリーランスであろうが会社員であろうが、「将来にわたって収入が見込める」という状況の方が人間は安心できるのだと思います。

だから「先の保証のない月収200万円」より、「向こう30年間、月収30万円」の方に魅力を感じる人の方が多いのです。

そして将来的な収入の保証という意味では、終身雇用制度が崩壊したとはいえ、いまだ会社員の方がメリットが大きいのかなと思います。

将来への漠然とした不安が、フリーランスの抱える恐怖の根源

フリーランスが抱える恐怖を突き詰めていくと、「将来への漠然とした不安」に行き当たります。

集客経路を検索エンジンやSNSなど特定のプラットフォームに依存していたり、受注する案件のほとんどが一つの取引先からのものだったり、そういうバランスの悪さを認識していると、「それが崩れたときに自分がどうなるか」をイヤでも想像してしまいます。

そして同時に、フリーランスを取り巻く環境って、つねに流動的に変化するものです。

僕自身、数年前はよく一緒に仕事をしていたのに、今では連絡も取っていないという人も何人かいます。

そうやって人との関係が変わっていく中で、たまたまうまくハマって収入が爆上がりすることもあるし、反対に苦しい状況に追い込まれることもある。

フリーランスとして経験を積むごとにその危うさを肌で感じ、キャリアが長くなるほど、自身の働き方に対する恐怖はますます強くなっていくのではないかと思います。

芥川龍之介は、「将来に対する唯ぼんやりとした不安」を理由に自殺しました。

先行きの見えない不安、将来に保証のないことへの恐怖は、人を殺しうるのです。

そしてフリーランスである限り、そういう不安や恐怖を抱えて生き続けることになります。

それに気づいたとき、僕は絶望に近いものを感じ、また同時にそれを打開することへのモチベーションが自分の中にあるのが分かりました。

人生のフラッグシップがほしくて、ブログを育てることにした

フリーランスという働き方は、クライアントから依頼を受け、成果物を納品するというのが基本形です。

報酬は「何時間働いたか?」ではなく成果物に対して支払われるので、作業を効率化したりスキルを磨いたりと、自分なりの工夫や努力が成果に反映されるのが面白さでもあります。

その反面、納品した時点でクライアントとの関係が終わることもあり、どうしても仕事が単発になりやすいというリスクもあります。

これは別の見方をすれば、キャリアや実績などの「線」ではなく、あくまでも“今”何ができるのか? という「点」で評価され続けるということでもあります。

つまりフリーランスは、これまで積み上げてきたものが目に見える形で残っていない限り、いつでもゼロに近い状態から他者の信頼を得ていかなければならないということです。

これを続けている限り、ずっと全力に近い速度で走り続けなくてはいけないし、それができたとしても収入の限界が何となく見えていました。

自分のやってきたことや考えてきたことを、他人に見える形で残す必要がある

そう考えた僕は、それまで運営方針も明確に決めず「Web制作メモ」と化していた、このブログを育てていくことにしました。

最近、更新頻度が上がっているのはそのためです。

このブログに、自分の考えや経験、学んだことなどのすべてを記録していく。

そうすることで、このブログが僕の人生を象徴するフラッグシップになるのではないかと考えています。

名前を出して、他人に見える形で自分の考えを表現していくことには、当然リスクもあるでしょう。

僕も「何を書いて、何を書かないべきか」でしばらく悩みました。

もしかしたら自分の知らないところで誰かを傷つけるかもしれないし、誰かの夢や目標を挫くことになるかもしれない。

自分の本音をさらすことで、壊れてしまう人間関係もあるかもしれない。

しかし結局、やってみないことには分かりません。

ネガティブな面にばかり目を向けていれば何も行動には移せませんが、自分の作り出すものが、少しでも誰かにポジティブな影響を及ぼすかもしれない。

その可能性があるのなら、やってみる価値はあると思ったわけです。

スキルだけじゃ稼げない、でもスキルがなければ稼げない

そういうわけでブログの定期更新をスタートしたわけですが、継続的に情報発信していくには、相応のインプットも必要になってきます。

自分の考えを裏付けるための情報収集をする中で、今まで知ったつもりでなあなあにしていたことを理解できたり、新しいスキルを身に付けることができたりと、すでにその恩恵を受けつつあります。

僕はフリーランスになったとき、本当にろくなスキルを持っていませんでした。

ちょっとデザインとコーディングができるくらいで、今思えばよくあれで独立を決意できたなと思います。

もちろん仕事もあまりなく、あっても単価が低くて生活もギリギリでした。

昨今の「フリーランスブーム」の影響か、数年前から安易に独立を進めるような風潮が目立ちます。

  • 営業力がなくても仕事は来る
  • フリーランスに高いスキルは必要ない
  • 在宅ならコミュニケーション能力は必要ない
  • 金もコネ(人脈)もなくたって独立できる

もちろん上記の能力すべてを備えている必要はないと思います。

でも、何もなければただの人です。

そんな人を、クライアントは必要とするでしょうか?

おそらく「独立したいけど尻込みしている」という人に向けたエールのようなツイートだと思いますが、こういう言葉を真に受けて独立するのは危険です。

報酬をもらう以上、プロとして仕事をしなくてはなりません。

そしてプロであるということは、クライアントに相応のメリットを提供できることが大前提です。

いくらパッケージ化がうまくても、クライアントが期待した以上の品質で納品できなければ、次の展開は望めません。

地味でも泥臭くても、自分と向き合い、磨くべき能力を淡々と磨く姿勢が大切です。

もちろん能力があるだけでは稼げませんが、プロとしてやっていける能力がなければ、そもそも話にならないのです。

「今のままの自分」で勝負しようとすれば、フリーランスである限り、怖くて眠れない夜が続きます。

そういう意味でスキル習得というのは、フリーランスにとっての最高の精神安定剤かもしれません。

フリーランスである限り、先の見えない恐怖は付きまといます。

しかし気持ちが揺れそうになったとき、それまで積み上げてきた経験、身に付けてきたスキルがきっと支えになるはずです。

自信はフリーランスの生命線、自信をなくしたら恐怖に食われる

以上、フリーランスという働き方の怖さと僕なりの対処法についての話でした。

いろいろ書きましたが、

  • ブログで経験や考えの可視化
  • 淡々とスキルを積み上げる

の2つが大切かなと考えています。

言ってしまえば、世の中のフリーランスってすべて「勝手になった」人たちなんですよね。

「うちの会社に来てくれ」と言われることはあっても、「フリーランスになってくれ」と言われることって多分ないです。

みんな「収入を伸ばしたい」とか「自分の力を試してみたい」というような、“自分の事情”でフリーランスになっています。

そのため自信を失ってしまえば、“フリーランスとしての”存在価値を認めてくれる人は誰もいなくなるかもしれません。

だから恐怖に押しつぶされそうなとき、自信を取り戻すための「何か」を積み上げるべきです。

また今の時代、個人で稼ごうと思ったら「自分のメディア」を持つことはもはや必須かもしれません。

すでにブログなどで情報発信をしているフリーランサーもたくさんいますが、能力はあるのにネット上で発信していない人もまだまだたくさんいるはずです。

そしてすでに、能力ではなく「ネット上でいかに関心を集められるか?」の方が、フリーランスとしての価値を決める要因になりつつあります。

それがいいことなのか否かは別として、生き残るためには、受け入れて順応していくしかないと思います。

柴田 竹思

柴田 竹思

日本&ベトナム二拠点生活中のWeb系フリーランス。最近は育児6:仕事4のバランスで生活してます。これでもかってくらい奥さんの尻に敷かれてる座布団系男子です。

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